26年 初夏の旅〜山陰まで Day5

5月29日 最終日 鯖江〜長野〜横浜

畳敷きの部屋に布団を敷いて寝るのは久しぶりだったが、思いのほか熟睡できた。

朝6時から大浴場へ。サウナを軽めに2セットこなし、体調万全で旅の最終日をスタートさせる。夜通し雨が降っていたようだが、7時半に出発する頃にはほぼ上がっていた。

まずは金沢へ向かう。目的地は谷口吉郎・吉生記念金沢建築館と鈴木大拙館。金沢の街は兼六園を中心に文化施設が分散しているが、どこも歩いて回るには少ししんどい距離感がある。この2つも微妙に離れているので、中間地点に車を駐車し、そこからキックボードで巡回することにした。積んできたキックボードは旅先での散策に使おうと思って7年前に購入したもの。箱から出すのは今回が初めてで、最初はおっかなびっくり。谷口記念金沢建築館へ向かう途中、犀川の河川敷の遊歩道で蹴り出し方や体重移動の感覚を探りながら練習した。

谷口吉郎・吉生記念金沢建築館。谷口親子の設計思想が集約されている。館内の人影はまばら。ほとんどは外国人で海外での評価の高さが窺われる。

赤坂御所の一部が再現されていて、そこからの窓の外には水辺のある庭園が風景を映し出していた。

続いて鈴木大拙館。こちらもやはり水辺が設置されている。

いつの頃からか、美術作品の鑑賞より美術館の空間に興味を持つようになった。安藤忠雄や谷口吉生らが手がけたミュージアムは多いので、それぞれの建築家の設計に共通点を発見するようになると、美術館建築のユニークさに関心が高まり、建物自体を目当てに候補施設をリストアップしていくようになった。そしてこの鈴木大拙館で谷口吉生設計の美術館のほとんど(残るは資生堂アートハウスのみ)に訪れたことになった。ただ谷口建築の魅力の言語化はいまだに難しい。

鈴木大拙館から少し遊歩道を歩いていたら石川県立美術館にたどり着いた。予定していなかったがコレクション展のみ見学した。県立の美術館はどこの県も建物が立派で、かつ地域の文化を色こく反映しているようで楽しめる。

車へ戻る途中で駅そば風の気安い感じの蕎麦屋を見つけて昼食を取った。おろしそば650円。キックボードを車にしまって金沢を後にし、北へ向かう。

次の目的地は新潟県の谷村美術館。およそ140kmの移動、このたび最後の訪問施設だ。ナビは高速道路主体のルートを勧めてきたが、立山あたりでナビをキャンセル。時間に余裕があるので、高速を降りてゆっくり一般道を走ることにした。

途中、田園地帯を走り、立山連峰を背景に車の写真を撮る。

海岸線に沿いの一般道は入り組んだ崖に張り付くように続き、日本海が時折視界に現れる。景色を楽しみながら走っていると、富山以北では対向車線にバイクの数が急激に増えた。

よく見ると、どのバイクもヘッドライトの上にゼッケンを貼っている。SSTRの参加者たちだ。人気イベントらしいが、平日これほど多くのライダーが参加しているとは少し驚きだ。大型バイクが中心だが、オフロードタイプも目立つ。中でもハンターカブの多さが印象的だった。いつか自分も参加することがあるかもしれない。

木彫の仏像を展示する谷村美術館は、その独特な外観から多くの雑誌に取り上げられており、以前から訪問したい場所の一つだった。中に入ると洞窟のようないくつかの空間が、死角で遮られつながって構成されている。作品の大きさやフォルムに合わせて個別に洞窟を作ったようでピッタリと収まっている。異なる空間の連なりが外観に反映されているので、外からはボックスが組み合わさったような形容し難い不思議な形状になっているのだとわかった。

鑑賞しているうちに作品に見覚えがあることに気づいた。作者は熱海でも見学した澤田政廣である。熱海では仏像以外にも幅広いテーマの作品が展示されていたが、こちらは仏像中心だったため、最初は結び付かなかった。

併設の日本庭園、翡翠園も入場券で見れるので一応鑑賞した。おととい足立美術館の庭園を見たばかりなので、比較しては悪いのだが足立美術館の凄さがわかるような気がした。

時刻はまだ16時前。これで今回の旅の予定はすべて終了した。

あとは帰るだけだが、単純に移動だけの高速利用では深夜割引を利用したい。0時過ぎに関東圏へ入るか、朝方に帰宅するかを考えた結果、長野市内まで移動して、早めの夕食を取って、ネットカフェでMotoGPのプラクティス配信を見ながら時間調整することにした。

長野市内、ネットカフェ近くにいい感じの定食屋さんに遭遇。
満腹になって、思いのほか眠ってしまってmotogpはほとんど見れなかった。22時に長野を出発。給油してから高速道路へ入る。

573.5km走行 24.7ℓ給油 区間燃費 23.2km/ℓ

仮眠のおかげで眠気はすっかり消えていた。休憩なしで一気に3時間半ほど走り続け、自宅に到着した。鯖江から長野を経て自宅まで607km。

今回の旅の総走行距離は2272km。訪問した施設は16か所(クルーズ含む)。

車を買い替えて初めての旅。山陰はそれなりに遠かったが、高速道路ではACCが有効で、とても快適で疲労の軽減に役立った。もうACCのない車では遠出はしたくないとさえ思えた。

最初に述べたように、今回の旅は計画の大枠だけ決めて出かけたが、行きたいところは全て回ることもでき、宿泊も当日予約でもなんとかなった。充実感の残る5日間だった。

26年 初夏の旅〜山陰まで Day2

5月26日 姫路〜高松

6時半に朝食。食堂は作業現場へ向かう人たちでほぼ満席だった。天気予報によると、今日は暑くなるらしい。

兵庫県を横断し、淡路島を渡って徳島県の玄関口にある大塚国際美術館へ向かう。早めに到着したので鳴門のうず潮が見られる場所に行こうと思ったが、開館と同時に入場したかったので今回は諦めた。

専用駐車場からシャトルバスで美術館に着くと、入り口にはすでに行列ができていた。やがて団体客を乗せたバスも到着し、だんだん騒がしくなってきた。人気施設だけに、静かな鑑賞環境は期待しない方がよさそうだ。割り切ってノイズキャンセリングイヤホンを装着する。

なにしろ展示量が多く一般的な滞在時間は約3時間かかるらしい。団体客と歩調を合わせないよう、先行入場した人たちを追い越して誰もいないエリアまで進んでから鑑賞をはじめた。するとあの名画たちはこんなに大きいのか、とまずはサイズに驚かされる。作品に近づきすぎると印刷っぽさも感じられるので、程よい距離を保ちながら全体を眺めるように館内を巡るのが良さそうだ。

昨日訪れたルーブル屋外彫刻館もコピー作品だった。しかしその是非を問うのは野暮だろう。どちらも原寸大で再現されていること自体に価値がある。とりわけここの壁画や天井画の空間を丸ごと再現した展示は圧巻だった。全体を通してみると西洋美術史のアーカイブを身体全体で体感する、まるで巨大な画集の中を歩くような施設だった。少し駆け足気味に2時間半ほどで退館した。

続いて香川県まで移動。以前、瀬戸内の美術館巡りをした際、残念ながら営業時間外だった2館を訪問する。どちらも谷口吉生の設計だ。はじめに丸亀市の猪熊弦一郎現代美術館。外観の印象とは真逆で、内部に入ると空間は開放的で、館内を自然に回遊させる工夫もあって心地よい。

次に丸亀からほど近い坂出市、瀬戸大橋の袂にある東山魁夷せとうち美術館へ。瀬戸内海に面した立地は抜群で、建築と風景が調和している。谷口建築の魅力は水辺との関係を巧みに取り込んでいることが挙げられると思う。今日の美術館巡りはここまで。
給油。532.3km 22.41ℓ 区間燃費 23.8km/ℓ だいぶ伸びてきた。

香川県内を少し戻り、高松市内の繁華街にあるサウナ自慢のカプセルホテルへ。まだ旅に体が順応できていないのか、少し喉がイガイガしはじめた。薬局で葛根湯エキスを買い求め、悪化する前に飲んでおいた。

チェックインして軽く汗を流しただけですぐに外出した。高松の繁華街はメインストリートを含めて大きな通りが3本ほどあるようだ。それらをつなぐ横道や路地にも店がひしめいている。地方都市の繁華街としてはかなり大きな規模ではないだろうか、街の全体を把握するのは難しい。日が暮れるにつれて、街の活気が増していく。引き込まれるように街歩きしてみると一人でも入りやすそうな店も多い。店選びは悩ましいが、3軒ほどはしごしてみることにした。直感だけを頼りに店へ入る。

【1軒目】
「海鮮立ち飲み」
白いのれんに海鮮の文字。瀬戸内の豊富な海産メニューを期待したが牡蠣オンリーだった。ビール、ハイボール、牡蠣チャンジャ、梅なんこつで2,340円。つまみは少しお高め。

【2軒目】
店名失念。
ちょい飲みセット(1,500円)は小鉢3品には刺身もあって楽しめた。焼酎のソーダ割りを追加して2,050円、リーズナブル。でも一人だとゆっくり時間を過ごすのって難しい。飲み終えたらさっさと次へ。

【3軒目】
ラーメン880円。
香川なので締めはうどんにしようと思って店を探したが、すでに4杯飲んでいる状態としては歩いていくには遠すぎた。妥協して、宿の近くの「店内製麺」の看板に惹かれラーメン屋へ。味はご当地風なのだろうか、よくわからないまま平らげた。高松の夜はまあまあ満喫、満腹になってホテルへ戻ってカプセルの寝床に潜り込み、すぐに眠りに落ちた。

姫路から高松まで。走行距離264km

26年 初夏の旅〜山陰まで Day1

5月25日 横浜〜姫路まで

最初の目的地は三重県。紀伊半島の付け根の山中にある施設を目指す。

深夜0時ごろの出発を予定していたが、余裕を持って21時に家を出た。

町田ICから東名高速へ乗る。料金所のゲートを過ぎた瞬間、後戻りはできないと旅の覚悟を問われるような気分になる。こういう時に限って忘れ物が気になり始めるものだ。たしか出がけに履き替え用のスニーカーを用意したはずだが、積み忘れた気がする。

22時、足柄SAで確認するとやはり無かった。さっそくポカをやらかし先行きが不安になる。不可欠な物ではないので、2時間ほど仮眠して気持ちを切り替え、再出発した。

次の休憩地点をどこにするか迷いながら、時折襲ってくる眠気に耐えて走る。刈谷SAに着く頃には不思議と眠気も落ち着いていたが、安全を考えて1時間ほど休憩した。

夜も明け始め、みえ川越ICで高速を降りて一般道へ。少し腹も減ってきたので鈴鹿市内のジョイフルに入る。もはや旅メシの定番である。どの店舗へ行っても同じ空間、同じメニュー。縁もゆかりもない土地で朝定食を食べていると、自分は旅人というより、ただそこを通り過ぎる一人の人間なのだと実感する。

さらに伊勢湾沿いを南下して津市へ向かう。最初の目的地はルーブル彫刻美術館だ。開館まで少し時間があったのでネットカフェに立ち寄り、シャワーを浴びて1時間ほど過ごした。

ここで給油。405.8km走行、20.04L給油。区間燃費は20.2km/Lだった。

周囲を山に囲まれた美術館の目印は、巨大なニケ像とミロのヴィーナス像。不自然なほどの大きさと経年劣化もあって、どこか陳腐で奇妙な印象を受ける。珍品を寄せ集めたような下世話な施設なのだろうかと、一瞬不安がよぎった。

しかし館内に入ると印象は一変した。展示作品はルーブルの認証印のある由緒正しいレプリカで、ガラスのピラミッドを模した天井から差し込む自然光が美しい陰影を生み出している。名品のフォルムが際立ち、思いのほか見応えがあった。

それでも、どこか模造品の粗探しをしてしまう自分の性分が悲しい。総じて充実した内容だったが、本来のルーブル所蔵ではないと思われる仏像なども展示されていて、コンセプトがやや曖昧になっているように感じ、その点だけは少々もったいないと思った。

その後は一般道で紀伊半島を西へ進み、天理から再び高速道路へ。奈良、大阪を経て兵庫県までひたすら移動する。退屈な高速移動だったが、途中で太陽の塔が見えた。一昨年だったか、京都・大阪を旅した際、万博公園で太陽の塔の下、あまりの暑さに日傘を差して歩いた記憶が蘇る。

13時過ぎ、神戸三田で高速を降り、新宮晋の風のミュージアムに到着。有馬富士公園の広大な敷地の一角にある。

作品の多くは大地からそびえ立つ垂直方向の構造体で、その造形は実に多彩だ。広い敷地に点在しており、散策しながら自由に鑑賞できる。

残念だったのは滞在中ほとんど風が無かったことだ。本来なら風を受けて動くはずの作品群は静止したまま。せっかくならダイナミックに躍動する姿を見てみたかった。音もなく佇む様子はそれはそれで美しいのだが、周囲の自然が雄大すぎるせいか、作品がどこかこぢんまりと見えてしまった。

続いて姫路の玩具博物館へ向かう。数年前、農民美術に出会ってから民藝的な玩具にも関心が広がって、訪れてみたい施設リストの上位に挙げていた場所だ。敷地内の蔵の内部には多くの展示スペースが設けられ、日本と世界の手作り玩具を中心に、現代のおもちゃまで展示されている。古民家展示エリアには当時のゆったり流れる時間まで再現していて雰囲気がある。

ショップにあったフクロウの木彫りが気に入ったので購入した。その際、スタッフの方から作品や施設の成り立ちについて話を伺った。神奈川から来たことを伝えると驚きながらも喜んでくださった。運営は大変らしいが、応援したくなる施設である。

今夜の宿泊地は姫路駅前。スマホからの予約がうまく完了せず少し苛立ったが、別のサイトからアクセスして何とか予約でき、ひと安心した。

夕食と朝食付きなので特に出歩く必要もなく、すぐに入浴する。最上階の大浴場からは姫路城が見えた。サウナもあったが、水風呂も外気浴スペースも無いため10分ほどで切り上げた。それでも、ここまで700km近く運転した疲れは十分に癒やされた。

夕食は学食のような雰囲気で、味はそこそこ、量は十分。部屋に戻って缶チューハイを一本だけ飲む。

長距離移動の疲れもあり、缶を空ける頃には眠気が勝っていた。21時前には布団に入り、そのまま眠りについた。

自宅から姫路まで 走行距離679km

26年 初夏の旅〜山陰まで Day4

5月28日 米子〜鯖江

6時、大浴場のオープンと同時に入浴。身支度を済ませてモーニング会場へ向かうと、すでに行列ができていた。姫路でも感じたことだが、このホテルの宿泊客の多くは現場で働く作業員の方々らしい。皆さん朝から食欲旺盛で、活力がみなぎっている。AIに置き換えられにくい仕事に従事している人たちは、自信に満ちているようだ。こちらも旅というリアルな体験の真っ最中。今日は強行軍になる予定なので昼食を取れない可能性も考え、しっかりエネルギーを補給しておく。

最初の目的地は鳥取県立美術館。9時の開館前には到着した。

開催中のポップアート展は、作品の表面的な軽やかさの背景にあるコンセプトを理解してこそ面白さが見えてくる。しかし今日は時間がない。本当に駆け足で30分ほど鑑賞しただけで会場を後にした。

次の目的地は舞鶴、約200km先だ。軍港めぐり遊覧船の最終14時の便の乗船を目指す。ここ舞鶴のクルーズは1日3便だけなので、その乗船時刻に合わせることが今回の旅、後半戦の関門になっていた。なので舞鶴入り前日に余裕を持った移動をすることも考えたが、周辺に訪れたい場所も特になかったので、鳥取からなんとか間に合うだろうと判断したのだった。

ナビに舞鶴を入力すると到着予想時刻は全然間に合わない。しかし経験上ナビはだいぶ余裕を見て時間を見積もるので、おそらく間に合うだろうと信じ、車を走らせた。

ナビとにらめっこしながらの運転が続く。時折、遠回りして高速道路の利用や、渋滞回避ルートへの変更を勧めてくるものの、交通状況は悪くないようで、距離の短い一般道主体のルートの選択し、走行を続けた。
途中で給油。494km走行 22.9ℓ給油 区間燃費 21.6km/ℓ

案の定、舞鶴に近づくにつれて予想表示時刻はどんどん短縮されていき、不安は確信に変わった。そして13時頃に舞鶴へ到着、胸をなで下ろした。

舞鶴の軍港クルーズは約30分。湾内に停泊する艦艇は少なく、イージス艦を除けば地味な支援艦ばかりだが、他の軍港とは異なり周囲を囲む豊かな自然の景観と、引揚港という歴史的背景もあって、独特の雰囲気を感じた。これで横須賀から始まった軍港クルーズは、呉、佐世保そして舞鶴と全部を体験することができた。特に軍事マニアというではないのだが、過去の戦争の学習の一環で出会った「軍港めぐり」というテーマを達成し、日本の歴史と現在の一面を一つ知ることができたと思っている。

クルーズ後に今日の宿を予約しておいて、舞鶴引揚記念館を見学した。画家、香月泰男の「シベリアシリーズ」に触れてから、シベリア抑留という戦争の影に関心を持つようになった。抑留されていた人、そしてその人たちの帰りを待つ人、それぞれの人生。「岸壁の母」のエピソードには、涙をこらえることができなかった。

その後は福井県鯖江市の今夜の宿に向かう。見つけたのは温泉とサウナ付きの素泊まり宿だ。途中のスーパーで夕食用の惣菜を買い込み、持ち込むことにした。

鯖江の宿は温泉を備えた研修センターのような古い施設だった。当日予約は部屋タイプはお任せらしい。洋室のシングルのあるらしいが、案内されたのは旅館のような純和室。

宿自慢の大浴場は、地元のお年寄りたちの社交場になっていてにぎやか。サウナは温度こそ高くないものの、不思議とよく汗が出る。短めに3セットで十分だった。

部屋に戻って、焼酎のソーダ割りを飲みながら惣菜をつまむ。一人では広すぎる和室に小さく流れるテレビの音。寂しいわけではないが、なんだか落ち着かない。ふと「自由」ってこういうものなんだなと思った。

米子から鯖江までの走行距離は406km。今日もよく走った。

26年 初夏の旅〜山陰まで Day3

5月27日 高松〜米子

早朝から施設自慢だという「IKIサウナ」をじっくり3セット。熱々のサウナからキンキンの水風呂、そしてテラスに出て外気浴。静まり返った高松の繁華街を見下ろしながらの外気浴は実に爽快だった。

体調もすっかり回復したようだ、6時過ぎに出発。瀬戸大橋を渡って本州へ入った頃から雨粒が落ち始めた。晴れの国を標榜する岡山だが、この日はしっかりとした本降り。通勤時間帯の渋滞に少々うんざりしながらも、開館から30分ほど遅れて高梁市成羽美術館に到着した。

正面に向かって近づいてくと、来館者は脇にある細く長いスロープでぐるりと裏手の2階へと導かれ、この通路を登り切ってようやくエントランスにたどり着く。

こういう一癖あるアプローチは安藤建築にありがちかな思う。入館する前に「心構えを正して入館してください」とでも問いかけているような面倒臭い感じ。これこそ安藤忠雄の建築の特徴なんだと妙に納得した。

その後は山間の田舎道をひたすら北上する。山陽から山陰へ。空の色も景色の輪郭も次第に鈍くなり、雨のせいか気持ちまで少し陰ったまま日本海を目指した。雨脚が徐々に弱まってきた頃、鳥取県へ入った。鳥取の象徴である大山にはまだ雨雲がかかっていた。その麓に建つ植田正治写真美術館では、館内の窓がまるでカメラのファインダーのように大山の風景を切り取っていた。その工夫が実に面白い。

ここで今夜の宿を予約しておく。続いて島根県立美術館へ。宍道湖のほとりに立つ建物には落ち着いた気品が漂う。

企画展にはあまり心を惹かれなかったため、館内をひと通り巡るに留めた。ここ松江が一番遠い訪問地で、旅の折り返し地点となる。朝ドラの舞台にもなった街をのんびりと歩いてみたかったが、次の目的地の足立美術館に15時までには入場したいので、踵を返し米子方面へ向かった。

足立美術館の庭園は、テレビで見たとおり見事だった。展示されている美術品もいずれも格調高く、その価値と重みが伝わってくる。

ただ、今の自分にはまだ少し早かったのかもしれない。心を動かされる感覚が得られない。来館者の多くは高齢者で、大塚国際美術館にも通じる「人生のうちに一度は訪れておきたい名所」という格式めいた雰囲気がある。いわば冥土の土産リストの一角を占める場所なのだろう。ここで少し土産を物色した。

16時半、米子駅前のホテルにチェックイン。姫路で泊まったのと同じチェーンで、2食付きにサウナ付き大浴場まで備えながら5000円を切る価格はかなりお得だ。

米子駅周辺を少し歩いてみたが、道路が広くて整理されているが、見渡すとビジホばかり。賑わう繁華街も裏通りも見当たらず、街に深みを感じない。地元で例えると新横浜のような、新幹線の駅を中心に開発された街の風情である。

特に興味を引かれる場所も見当たらなかったのでホテルへ戻った。

改装されたばかりの大浴場はとても綺麗。姫路店と同じ造りで、おまけ程度の低温サウナがついている。やはり最上階にあるため眺めが良い。なんとなく既視感があると思ったら、フェリーの大浴場によく似たレイアウトだった。水風呂はないので、サウナはゆっくり時間をかけて1回だけ入る。

その後は食堂で代わり映えのしない夕食をとり、少しだけ酒を飲んで就寝した。

高松から米子まで 走行距離316km

26年 初夏の旅〜山陰まで

エピローグ

鳥取と島根には、訪れてみたい美術館がいくつかあり、いつかまとめて巡ってみたいと思っていた。ちょうど松江を舞台にした朝ドラを見ていたこともあって、山陰地方への思いはいっそう強くなっていた。

気軽に行ける距離ではないので、移動手段から計画をいくつか検討した。効率重視なら飛行機で現地往復すれば二泊三日くらいで収まるが、目的をこなすだけの出張のような旅になりそうだ。心を惹かれたのは、東京から寝台特急サンライズ出雲で向かう方法だった。夜行列車に乗る機会など、この先多くはないだろう。移動時間そのものを楽しむ旅も悪くない。そんな空想を膨らませていたのだが、調べてみると人気列車だけにネット予約はすぐに完売になるようで、実現へのハードルは高そうだった。

さらに、せっかく山陰まで足を延ばすのなら、岡山や兵庫にも立ち寄りたい。そんなアイデアも湧いてくると、日数と費用もどんどん膨んで計画は収拾つかなくなっていった。

結局、実現性も考えて自分らしい旅をするなら車で行くのが一番だという結論に落ち着いた。昨年十一月に軽自動車から乗り換えた今の車は排気量にも余裕があり、ACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)も備わっている。長距離運転はずっと楽なはずだ。

そうと決まれば実行は早い。季節は五月の終わり。一昨年に北海道を旅した頃と同じく、暑くも寒くもない絶好の時期だった。期間はおよそ一週間。前半の予定はある程度固めているが、後半はあえて細かく決めていない。

これまでの旅では、訪問地の順番や移動距離、滞在時間と予算まで見積もった綿密な行動計画表を作成していた。旅を準備段階から楽しんでいたからである。しかし今回は、訪れたい美術館の休館日と営業時間を調べ、ナビに登録するための電話番号をメモした程度である。あとは宿泊候補の街ごとに、サウナ付きで五千円前後のホテルの候補をいくつか調べておいただけ。

旅にもそれなりに慣れてきたし、繁忙期でもない。当日になってからでも宿は何とかなるだろう。今回は行動を決めすぎず、そのときどきの気分に任せてみる。そんな自由な旅をしてみようと思う。

「国宝展」0泊バス 春の旅

今年の春は、西日本方面に長めの旅をしてみたいと漠然と考えていたのだが、計画がまとまらず、代わりにオートバイの乗り換えに時間と費用をあてることにした。大型バイクを下取りして購入した小型バイクは普段使いのちょいノリから長距離ツーリングまで活用しようと考えている。納車後すぐに幾つかパーツを取付けて積載量が大幅に増加したので、早速2泊3日のツーリングプランを考えたのだが、あまりにも拙速に過ぎる気がして実行を見送っていた。

日曜美術館で、大阪・関西万博記念の一環で開催している国宝展の紹介をしていた。京阪奈の3つの博物館が連動していて、会期はすでに終盤に差し掛かっている。この機会を逃すと再び見るチャンスはいつになることか、と煽ってくる。昨年の夏と似たような兆候だ。これにまんまと反応してしまい、夜行バスに乗って関西を目指したのだった。

5月27日 23時 横浜駅より乗車

前回は京都から大阪へと下ったが、今回は大阪を起点に、奈良を経由して京都までの逆行パターンを計画。往復ともに最低料金より少し上のグレードで3500円のバスを選んでみた。座席には頭部を覆う開閉式のプライバシーカバーが背もたれ部に後付けしてある。ガッチリした仕立てのせいで前席がフルリクライニングするとかなり圧迫感がある。足もとはタイトで身動きが取りづらく、身長167cmの自分でも目一杯、170cm以上の人ならば苦痛に違いない。ブランケット付きで空調的には快適だったが、この仕様のバスは2度と選ぶことはないだろう。料金と仕様の違いをバス会社別に研究する必要がある。

5月28日

運行に違いはなく、3度の休憩をはさみながら定刻通り7時半に大阪難波に到着した。窮屈な姿勢から解放され見知らぬ繁華街を歩きだせば、こわばった体がだんだんほぐれていく。すぐに雑居ビル内のネットカフェで軽めの朝食をとりつつ2時間弱の時間調整して、天王寺公園の中にある大阪市美術館へ向かう。

大阪メトロ御堂筋線で2駅の動物園前駅まで。最寄りに大阪の名所、新世界があるので通天閣は一目見ておこうと寄り道。

朝ということもあって開いている店も人影もない。古くて味わいある飲み屋街を勝手にイメージしていたのだが、メインの通路一帯はテーマパークのように小綺麗で観光地風なのが意外だった。夜はどんな雰囲気に変わるのだろうか、奥に踏み込んでいけばディープな路地が隠れているのかもしれない。今度は飲み歩きに訪れてみたいと思いつつ美術館へと向かう。

開場前だが待機列はすでに長かった。早く来るべきだったと少し後悔。チケット購入の列に一旦並んで、すぐにスマホで電子チケットを購入して入場の列に並び直す。ほんの少しだけだが待ち時間を短縮できた。「教科書で見たあの国宝」という謳い文句に違わず、見覚えのある品々が展示されていた。特に目当ての作品はなかったので、順路を一巡し予定より30分ほど遅れて美術館を後にする。

あべのハルカスを仰ぎ見つつ天王寺駅まで徒歩。この辺りは動物園、美術館、ターミナル駅と東京の上野に近い街と言えるかもしれない。次の目的地は司馬遼太郎記念館

天王寺駅は複数の路線が交錯しているせいか方向感覚が狂ってしまう。スマホの案内通りに動いているから迷う心配はないのだが、見知らぬ土地では路線を乗り継ぐだけでそわそわして軽い冒険気分を味わえる。JR大阪環状線鶴橋駅まで、近鉄大阪線に乗り換えて川内小坂駅で下車。

特徴のない平凡な駅、その住宅街にひっそりと記念館はあった。安藤忠雄の設計(内部は撮影不可)入館すると3階ほどの高さの吹き抜けが視界に入る。湾曲した吹き抜けの壁面には書架がびっしり張り付いていて壮観。本は開いて読まなければ紙の塊なのかもしれないが、ディスプレイされた本の数々は神秘的なオーラを発散しているように感じる。作家が膨大な資料をインプットし、独自の感性フィルターを通して創作してきた歴史、その偉業がここに確かにある。その感動は建築の空間演出によるものだと感心する一方で、これら全ての書物をデジタルデータに納めれば文庫本くらいのサイズのハードディスクに収まってしまうのかも、などと身も蓋もない考えが頭をよぎった。

続いて奈良の国立博物館まで、近鉄奈良線で30分。奈良駅周辺は外国人観光客で溢れかえっている。

日本に4つある国立博物館、東京、京都、九州、そして奈良。すべて訪れたことになる。先ほどの教訓からチケットは移動中に入手しておいた。予想通り現地では当日券購入に長い列ができていて、その多くは高齢者のようだ。強い日差しの中、耐え忍んでいる姿が痛ましい。不適切かもしれないが、戦時中や災害時などで配給を待つ行列の姿とイメージが重なってしまった。国宝展に訪れる客層だから文化的な人々であることは間違いないはずだが、スマホ決済などのデジタル化に適応できず順番待ちする様子は、ある種の「欠乏感」というか「貧しさ」を感じて気の毒に思った。その行列を横目に待ち時間なく入場した。自分もどちらかと言えば保守的で目新しいことには慎重になる傾向があるが、敬遠しているうちに好奇心を失ってしまうことは怖い。感性のシャットダウンすることが老化の始まりなのかもしれない。

ここでは百済観音像が展示の目玉。以前キトラ古墳見学の流れで法隆寺に訪れた際にお目にかかって以来だ。確かに同じお姿のはずだが印象は異なる。本来の居場所から引っ張り出されて観音様は少し居心地が悪そうに見えた。お楽しみは企画展ではなく仏像館にあった。運慶の仁王像が大迫力。割増しで得した気分で奈良を後にした。

ラストは京都まで、1時間程度の電車移動で乗り換え1回。そのタイミングで遅めの昼食を立ち食いそばで済ませた。

京都国立博物館に着いたのが15時ごろ。チケットは予め購入済みだが、ピークは過ぎているようで入り口に待機列はなかった。館内はそれなりに混雑していて、すでに疲労も蓄積しているので順路を一巡りして全ての鑑賞を終えた。

退館して16時過ぎ。想定通りの時間だ。帰りのバスは京都駅から22時半。それまで銭湯で汗を流し、軽く呑んでからネットカフェで過ごす予定。

京都市内にネットカフェは少なく、店舗がある西大路の西院まで電車移動。周辺に一人呑みできそうな店、銭湯があって好都合な界隈。手ぶらセットとサウナも無料の西院旭湯にて入浴。

地元民に愛されている佇まい。疲れも癒えて入浴料だけでは申し訳なく思い、缶ビールで水分補給、少しだけ売上げに貢献。身も心もひと息ついた。

目星をつけていた折鶴会館という雰囲気のある飲み屋街を訪れた。狙いの店は満席の様子、隣の餃子屋には先客はなし。2種類の餃子とつまみ、お酒2杯をいただいて、きりよく退店。もう少し京都らしさで腹を満たそうとぶらついたが、すぐに面倒になって吉野家の牛丼で締めにした。こういう時にあまり執着はしないほうだ。

ネットカフェに入店して2時間くらい時間を潰す。ここで寝てしまうとバスで眠れなくなるので、ぼんやりと寛いだ。

頃合いを見て京都駅に移動、少し土産物を物色してからバス乗り場へ。

帰りも行きと同じ会社で同額なので、またあの窮屈さを覚悟していた。しかし乗り込んでみるとバックシェルタイプ・スライディングシートという全く違う仕様だった。固定されたシェルに収まっている椅子が電動で前方向にスライドしてリクライニング状態になるという仕組みで、前席の影響は受けない。ブランケット付属で同じ金額とは思えないほどゆったりできる。快適さはケタ違いでほとんど寝て過ごすことができた。往路では仕様の知識不足を痛感させられたが、答えは案外早く出たようだ。

2度目の0泊関西バス旅行を実行して、関西エリアがぐんと身近に感じられるようになった。京阪奈を1日で回るのは無謀な気もしていたのだが、移動距離は100km程度であったし、概ね予定時間通りにスケジュールを消化できた。無理のないパッケージだったと思う。ただ貧乏性なのかいつも予定を詰め込みすぎるきらいがある。体力があるうちはこういう旅で面白いと思うが、今後は現地1泊するなどで少しのんびりして自由度のある旅もしてみたいと思う。

※前回の記事ではAIのサポートで大幅にブラッシュアップさせましたが、今回はしていません。